2010年5月8日土曜日

第十四章 融合に関する検証(8頌)

第一頌

眼に見える物と,眼で見る事と,眼で見る人と、

此れ等三つのものは、様々の色合いでは有るけれども、二つ宛の色合いと二つ宛の色合いとの組み合わせで有る。

全体に亘つて融合であると云う事では、決して無い。

一つのものともう一つのものとが、最終的には前に向つて同時に進んで居る。


第二頌

その様にして正に染色する行為があり、正に染色されたものが有る。

正に染色する事の喜びで有り、眺める事の喜びで有る。

三種類のものから成る残されたもの、即ち残されたものと心身に於ける苦しみと、

残された聖火の為の場所とが、共に残された憩いの場所で有る。


第三頌

他の何ものにも依存せず、他の何ものにも帰属して居ない状態が、融合である。

具体的なもので、性質の違うものは、全く見当ら無い。

其れは自分自身を検証させる事で有り、自分自身を差し出す事で有る。

融合は其れから以後は、どつち着かずの態度を取る事を止める。


第四頌

完全に自分自身に帰属して居るものも、決して他の人の性質と無関係では無い。

見る事その他の全ての感覚的な働きは、他の事物を感受する事が出来るけれども、感覚的な働き其のものを知る事は出来ない。

何かに帰属して居るとか、何かに依存して居るとかと云う事は、50%増の働きを可能にするけれども、

他人の力量そのものを發揮する事は、不可能で有る。


第五頌

違つたものと違つたものとは、はつきりと違つたものを作り出す。

違つて居ないものと違つて居るものとは、違つたものとして動く。

非常にはつきりして居るものと、其れに準ずるものとの間では、

具体的なものと違うものとの差は、あまりはつきりとは出て来ない。


第六頌

違つたものと違つたものとが、違つたもの同志の様に見える場合には、

正に違つたもの同志として、動く場合が有る。

具体的なものが別々のもので有れば、別々のものが別々のものらしく見える。

動く事が実在して居無ければ、其れから以後は何も実在して居ない。


第七頌

違つたものに依存し無ければ、違つた性質のものを知る事が出来ない。

違つたものでは無いものに依存した場合,何も認識する事が出来ない。

現実の場面に於いては、実在して居ないものに依存したり、また別の性質のものに依存したりして見ても、

別の性質のものや具体的なものは両方共、同じ様に特に実在して居ると考える必要がない。


第八頌

具体的なものに頼つたり、具体的なものに包含されたりする事が、融合では無い。

他のものに依存したり、他のものに包含されたりしない事は、他から或る種の拘束を受ける事である。

融合され続ける事が、融合された状態である。

しかし融合された状態は、決して認識の対象とは成らない。