ドーゲン・サンガ ブログ

  西 嶋 愚 道

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2009年5月21日

ドーゲン・サンガ・ブログの休載について

本年の6月26日に住居を、東京都豊島区目白1−4−15、1号棟、306へ移転する事となり、その準備を始めましたが、長年に亘つて積み上げました仏具,衣料,書籍その他をドーゲン・サンガにご寄贈させて頂くこととなりましたので、その間ドーゲン・サンガ・ブログを休載する事が多くなると存じますが、お許し願いたいと存じます。

2009年5月20日

鈴木大拙氏の仏教思想

鈴木大拙氏は金沢市の出身で、東京帝国大学の哲学専科を卒業後、鎌倉の円覚寺で修行をした。1893年にアメリカのシカゴで万国宗教大会が開催された際、釈宗演老師の随行として出席し、1897年に渡米後は主としてアメリカで活躍し、多数の英文著作を残した。
「日本的な霊性」に関する著作を出版して居られる処から考えると、霊魂の存在を信じて居られたようで、現実的な仏教思想とは異なる立場を取つて居られたように思われる。
したがつて「悟り」に関しても突然の変化を信じて居られたようで、自律神経のバランスにはまだ気付いていない時代の方であつたから、本当の意味の「悟り」に関する知識を知る以前の時代の方であつた。

2009年3月20日

仏道讃歌(5)実在論

欧米の哲学に於いては、観念論と唯物論とが古代のギリシャ・ローマ以来、最も代表的な哲学として何千年にも亘つて伝承されて来たのであるが、実在論は欧米の社会では殆ど説かれる事が無かつた。何故かと云うと欧米の社会に於いては、素朴実在論という言葉が長く使われて来たけれども、これは「この世の中が実際に実在するという考え方は、子供のような単純な頭脳でも考える事の出来る考え方であるから、哲学的な議論には成らない」と考えられて来たからである。

したがつて日本に於いても,明治維新以後,仏教が議論される場合には、天台宗,真言宗、日蓮宗のような実在論を基礎とする仏教宗派が衰退し、浄土宗,浄土真宗、時宗等の浄土教系の宗派が盛んに成り,臨済宗、曹洞宗,黄檗宗のように坐禅を中心とする宗派は、どつち付かずの形で生き延び、その為に仏教を実在論系統の思想として考える立場が殆ど消えた。

しかし古く紀元前四、五世紀頃に生まれた釈尊の教えを考えて見ると,それまで古代インドの人々に依つて信じられていた古い観念論の例として考えられるバラモンの教えと、釈尊が出られた少し以前に活躍した六師外道と呼ばれる唯物論若しくはそれに近い唯物論的な思想とを、共に否定して,釈尊の説かれた仏教哲学が正に実在論哲学である。

しかもこの釈尊の説かれた実在論哲学が、どうも世界の哲学史の中で説かれた唯一の実在論哲学であつた可能性がある。何故かというと仏教以外にも実在論哲学と呼ばれる哲学は存在したのであるが、それらの哲学は欧米社会に於ける唯物論哲学と同一の哲学であつた可能性が有る。何故かと云うと欧米社会に於いては観念論哲学と唯物論哲学とを対比させて、その中間に
真の実在論を發見するプロセスが欠けて居る可能性が考えられるからである。

このように考えて来ると、釈尊が紀元前四、五世紀の頃に発見された実在論が、人類の歴史の中で發見された唯一の実在論である可能性があり、しかもその世界最初の実在論が、四諦の教えを伴う難解なものであつた為に、二十世紀の時代までその真意が解らなかつたという歴史的な事実があつたように思う。したがつて人類は二十一世紀以降、本当の意味で実在論を理解する事の出来る時代に出会う可能性が生まれたと考えられるのであつて、此のような時代の到来は人類の歴史にとつて小さい事実では決して有り得ない。

2009年3月14日

仏道讃歌(4)行為の哲学

四諦の教えにおける最初の哲学は観念論哲学であり、二番目の哲学は唯物論哲学であるけれども、釈尊は観念論哲学は人間が頭の中で考えた哲学であり、唯物論は人間が眼や耳の様な感覚器官を通じて受け入れた外界からの刺激を基礎にして、やはり頭の中で考えた哲学であるから、決してわれわれが現に今生きて居る現実の世界を説き明かす哲学には成り得ないということに気が付いた。

釈尊は、われわれ人類が現に今生きて居る世界は、思考の世界でもなく、感覚の世界でもなく、現実の世界であり、行いの世界であり、われわれ人類が生きる事を許されて居る唯一の世界である事に気付いた。そして人類が現に今生きて居る現実の世界における実体として,現在の瞬間に於ける行為そのものを,人類の思考や感覚とは別個の現実の世界として掌握した。

古代インドにおいては、紀元前13〜12世紀の頃から、観念論哲学を基礎とするバラモンの教えが、民衆の心を捉えたのであるが、釈尊が世に出られた5世紀前後の時代には六師外道と呼ばれる6人の懐疑論乃至唯物論を主張する思想家が現れ,バラモンの教えと激しく対立して居た。

したがつて釈尊は、観念論を信じて居るバラモンの教えと六師外道と呼ばれる懐疑論乃至唯物論を主張する6人の思想家とのどちらが正しいかを検討されたが、結論として何れの立場にも組する事が正しくない事に気付き、観念論と唯物論との両方を否定して、現在の瞬間における個人の行いを実在とし、宇宙全体を実在とする仏教哲学を確立した。

釈尊の実在論に依るならば、われわれが絶えず与えられて居る現在の瞬間における行いが実在そのものであり、宇宙そのものである。宇宙とはわれわれが現在の瞬間に於いて実行して居る行いそのものである。このような基礎に立つて釈尊はわれわれの日常生活に於ける現在の瞬間の行いが,現実そのものであり宇宙そのものである事を主張した。

2009年3月11日

仏道讃歌(3)因果の理法

四諦の教えに関連して、釈尊が二番目に取り上げた思想が,「因果の理法である。」 四諦の教えの二番目に集諦という考え方が出て来るが,これは現にわれわれが今生きて居る外界の世界は、物質的な観点から見るならば、原子,分子という様な物質的な最小単位の寄り集まりで有ると云う捉え方である。この世の中は、物質を基礎として自然科学的な立場から考えるならば、原因があればその結果が必ずあり、その様な原因結果の関係は一分一厘の狂いも無く、この世の中を支配しているという考え方である。

しかし現在の一般社会では,必ずしもこのような原因結果の関係が、この世の中の全てを支配して居ると云う考え方が認められて居るとは思えない。けれども釈尊の説かれた教えの中では,このような因果関係の存在には、一分一厘の狂いも無い事が強調されている。

今日の人間社会においては、「正直者が馬鹿を見る」という諺もあつて、正しい人が必ず幸せになり、正しくない人は必ず不幸せになると云う考え方は、一般に認められていない。併し仏道の世界では、正しい人が幸せになり、正しくない人は決して幸せに成る事が有り得ないという主張が行われて居り、長い人生を振り返つて見ると、この世の中における実情も、やはり釈尊のお説きになつた教えが正しかつたように実観される。

そして人類の歴史の中でも実際に正しいと思われる勢力が、滅ぼされたように見える場合も、幾らも有るようにも見受けられるけれども、歴史の内情に立ち入つて考えて見ると、歴史の中の実情としては,滅びて行く筈の勢力が滅びて行つて居るのであつて、原因・結果の関係に関しては、一分一厘の狂いも無いという主張が、仏教思想の特徴である。

しかしこのような因果関係の存在を100%認める立場に立つと、人類の歴史は既に無限の過去から決まつている事に成らざるを得ない。其処で釈尊は次の段階として、行為の哲学を説かれた。

2009年3月7日

(情報)

「根本的な中論の歌」に注釈を付けることを始めます。

2009年2月24日

接心について

仏道には、接心という行事がある。接心とは仏教寺院その他の施設を使つて、一定期間、集中的に坐禅をする期間である。したがつて、仏道の世界に於いては、大切な行事であるから、各地域、各寺院等に於いて極めて真剣に行われる行事である。
しかしこの接心という行事と毎日の坐禅とどちらが大切かという問題は、本質的に検討して置く必要がある。そしてその問題に関連しては、接心の期間が終わつた翌日以降も、当然毎日の坐禅を継続して行くべきであつて、接心の期間中,長時間の坐禅をしたから、その後何日かは坐禅を休んでも良いという原則は有り得ない。何故ならば、毎日の坐禅は仏教徒にとつては、毎日頂く朝、昼、晩と重ねる食事と同じ性質の日常行事であるから、接心の期間中比較的長い時間に亘つて坐禅をしたからと云つて、一日といえども坐禅をしないで良いと云う日は、考える事が出来ない。
それと同時に、接心は我慢比べではない。したがつて非常に厳しい日程を組んで、我慢比べをしてはならない。例えば坐禅の長さも三十分とか四十五分とかを単位とし、それ以上長く坐る場合は、間に経行(きんひん)を行う。経行とは両手で叉手をし、静かに歩く事である。一息半歩と呼ばれ、一呼吸毎に足の拇指と踵との間の半分の長さを進める歩き方で、足の痛いのを和らげたり、眠気を醒ましたりするのに役立てる。
坐禅の間には、講義の時間を挟んだり、休憩の時間や作務の時間を挟む。
食事を始める前には五観の偈を唱える。

2009年2月23日

坐禅は毎日やらないと意味がない。

坐禅は人間の自律神経を絶えずバランスさせて置く為の修行であるから、坐禅をする日があつたりなかつたりすると、自律神経のバランスして居る日とバランスしていない日とが、交互に訪れるようになるから、身心の不安定を余計に感ずる場合が有る。
したがつて、坐禅をする場合には、毎日続けてやる必要がある。坐禅を続けて三ヶ月位経つと、いつの間にか身心共に安定している自分を発見する。そこで毎日の坐禅を続けて行くならば、絶えず自律神経のバランスして居る見違える様な人生が開け来るから、人間は日常生活に於ける判断が常に正しく成り、各人にとつての最高の人生を経過する事が、出来るように成る。

2009年2月11日

二十世紀に仏道は宗教から哲学に進化した。

紀元前四、五世紀の時代に釈尊が実在論としての仏道を始めて人類に与えてから、既に二千数百年の歳月が流れたけれども、その間われわれは仏道を宗教と考えざるを得なかつた。何故かというとその間、われわれ人類は、坐禅の修行が何故われわれに「さとり」を与えて呉れるのかが、科学的に解らなかつたからである。

しかし二十世紀になつて以来、われわれ人類は、科学、特に生理学と心理学との発達により、坐禅の修行が何故人類に「さとり」を与えて呉れるのかを、科学的にはつきりと解るようになつた。したがつて人類は二十世紀以降、われわれが坐禅をする事によつて何故真実を掴む事が出来るのかがはつきり解るようになつたから、それ以来、仏道は修行と学習とに依つて真実を追求し、信仰を不可欠と考える宗教の段階から、哲学の段階に進んだ。

二十世紀以前に於いては、われわれが坐禅をすると何故「さとり」を開く事が出来るのかが解からなかつた為に、人々は古来からの言い伝えを信じて坐禅を実行するしか方法が無かつた。
しかし二十世紀に入つて生理学と心理学とが急速に発達した事に依り、人間は何故「さとり」を開く事ができるのかをはつきり理解出来るようになつた。したがつて、二十一世紀以降、坐禅をする人々は、坐禅をすると人間は何故「さとり」を開くことが出来るのかを、正確に勉強して置く必要がある。

坐禅をすると人間は何故「さとり」を開くことが出来るのかを考えて見た場合、最も大切な事実は、二十世紀に人類がその体内に自律神経と呼ばれる、普通の脳脊髄神経と呼ばれる神経とは別の神経系統を発見した以降の問題である。そして従来の脳脊髄神経と自律神経とが、何処が違うかと云うと、脳脊髄神経はわれわれ人間の意思で動かす事が出来るけれども、新しく発見された自律神経の方は、人間の意思で動かす事が出来ず、自律神経が独自の力で独り歩きする性質のものである事が、はつきりと理解されて居る。

自律神経(The Autonomic Nervous System (ANS))は, 交感神経(The Sympathetic Nervous System(SNS))と副交感神経(The Parasympathetic Nervous System(PNS))との二つに分かれ、通常反対方向の働きをする。

SNSが強い時には、人類は神々に近い傾向を示す。PNSが強い時には、人類は動物に近い傾向を示す。しかしSNSとPNSとが同じ強さの中に収まると、人類は人間の状態に収まる。そして人類は本来人間である筈の義務を背負つて居るのであるから、人類は絶えずANSをバランスさせて置く事が、人間としての義務である。

人間が毎日坐禅をする義務を背負つて居る事情は、このような事情から生まれて居る。人間が神々と同じに成る事は許されない。人間が動物と同じに成ることも許されない。人間は絶えず人間として日常生活を継続して行く義務がある。したがつて人間は毎日の日常生活の中で、坐禅をする必要があるのである。

このような理論を取り入れる事に依り、仏道は、二十世紀に、その教えの背後にある理論を、信仰としてではなく、哲学として完全に理解する事に成功した。したがつて仏道は、二十世紀以降、単に宗教である事を止め、人類最終の哲学と成る事に成功した。

2009年2月2日

身心脱落について

道元禅師が説いた教えとして、身心脱落という言葉がある。
しかし身体も脱け落ちる性質のものではないし、心も脱け落ちる性質のものではない。
したがつて身心脱落という言葉も,何を意味するのかはつきりしなかつた。
しかし20世紀頃から欧米社会の中で、長足の進歩を遂げ始めた生理学、心理学の発達に伴い、
身心脱落という言葉の意味がはつきりとし始めたので、その事をはつきりと説明して置きたい。

身心脱落という言葉も、二十世紀以降、自律神経の存在が確認され、交感神経と副交感神経との共存が確認され、またその交感神経と副交感神経との均衡が確認されるようになつてから、科学的にはつきり解明されるようになつた事実である。

人間の身体が人間から脱け落ちると云う様な馬鹿げた事実が、起こり得るという理解が許された事態は、二十世紀以前の出来事であり、二十世紀以降では許す事の出来ない理解である。
また人間の心が人間から脱け落ちるという事態も、二十世紀以降は認める事の出来ない出来事である。

人間は交感神経が強い時には、心の存在を意識する事が出来る。人間は副交感神経が強い時には、身体の存在を意識する事が出来る。しかし交感神経の強さと副交感神経の強さとがバランスした時には、身体を意識する事も出来ないし、心を意識する事も出来ない。唯、坐禅の姿勢を正しく取り、じつと坐つて居る時には、身体を意識する事も無く、心を意識する事も無く、唯、姿勢を正しく取る事に専心して、正しく坐ると云う行為が実行されているだけである。

したがつて、二十世紀以前に行われていた、坐禅をして居るとある日突然様子が変わり、それまでとは違つた境地が現れて来るという様な理解の仕方は、坐禅に対する誤解である。そのような形で、身心脱落という言葉も、科学的な立場から,笑われる様な理解をしてはならない。

二十世紀以降、われわれの体内には、脳脊椎神経と呼ばれる脳細胞の働きによつて動かすことの出来る神経が有る他に、自律神経と呼ばれる、われわれの脳細胞の働きでは動かす事の出来ない神経の存在する事が発見された。しかも自律神経は思考の働きと関係している交感神経と感受作用の働きと関係している副交感神経とに分かれて居る。

そして交感神経と副交感神経とは、相互に反対の働きをする性質があるところから、われわれの交感神経が強過ぎる時には、緊張した傾向が強く、良心的であり、他人に対する批判が厳しく、外に対して戦闘的である。

これに対して副交感神経が強過ぎる時には、たるんだ傾向が強く、緊張が欠け、怠惰で、他人に対しては常に協調的ではあるけれども、厳密さに欠ける面がある。

此のような人間の在り方に関する二つの偏つた傾向は、共に正しい傾向ではなく、釈尊はこの人間の正しくない状態から離れる事を、われわれの正しい在り方としてわれわれに勧められた。そしてその為にわれわれに頻繁な坐禅の修行を勧められ、絶えず自律神経のバランスを確保して、人間としての状態を維持する事を教えられた。したがつて坐禅というものは、我慢をして長時間実行するよりも、短時間でもよいから頻繁に実行するべきものである。

したがつて身心脱落とは、身体が脱け落ちると云う意味でもなければ、心が脱け落ちるという意味でもなく、坐禅を頻繁に実行して、交感神経の強さと副交感神経の強さとが同じ強さとなり、人間が行いの世界に入る事を意味している。